日本おとぎ話

          金太郎の大冒険 



                                月野(つきの) 一匠(いっしょう)



 昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。 
 おじいさんは裏の山へ柴刈りに、おばあさんは近くの川へ洗濯に行って、毎日を暮らしていました。
 ある日、おばあさんがいつものように川で洗濯をしていると、川上から、大ーきな桃が、
 どんぶらこ、どんぶらこ
と、流れてきました。
「おや、なんて大きな桃だこと。」
 おばあさんは、その桃を拾い上げると、抱きかかえて家に帰りました。
 山から戻ったおじいさんも、
「なんてみごとな桃だろう。」
と驚きました。二人して、しばらくながめていると、目の前で、突然、桃が二つに割れ、
 おぎゃあ、おぎゃあ
と、中から、それは元気な男の子が生まれました。
 おじいさんとおばあさんは、びっくりするやら、喜ぶやら。
「これは、きっと神様が私たちに授けてくださった子にちがいない。」
 二人は、桃から生まれた男の子を「金太郎」と名づけて、大切に育てることにしました。


 おじいさんとおばあさんにかわいがられて、金太郎はすくすくと成長しました。
 金太郎は、動物たちとも仲良しになり、犬やサルやキジと追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりして、毎日を自然の中で遊びました。なかでも金太郎は、力自慢の熊をあいてに相撲のけいこをするのが大好きで、いつのまにか熊を投げとばすほどの力持ちになりました。
 そんな金太郎を見て、おじいさんとおばあさんは、金太郎の行く末を案じるようになりました。動物たちと遊ぶのも大切ですが、快足や力自慢だけでは、立派な人間になれるはずがありません。
「昔から、かわいい子には旅をさせよ、というではないか。そろそろ金太郎にも世の中を見させることが必要かもしれない。」
 これまで手塩にかけて金太郎を育ててきたおじいさんとおばあさんですが、愛すればこそと心に決めて、金太郎を思い切って都へ旅立たせることにしました。
「金太郎や、自分の目と足で、世の中をしっかり見ておいで。道中、苦しいこともあるだろうが、それが修業なんだよ。」
 旅立ちの朝、おじいさんは、金太郎にそういいきかせました。おばあさんは、
「笑顔を忘れないようにね。笑顔と食欲があれば、どんな苦労だってきっと乗りこえられるからね。」
と、自分で作った、にこにこ印の飴を、金太郎に持たせました。
「おじいさん、おばあさん、ありがとう。では、行ってまいります。ぼくが戻ってくるまで、どうかお達者で。」
 仲良しだった動物たちも、
「金太郎さん、ご無事で行ってらっしゃい。」
と、別れを惜しみながら、見送りました。
「森のなかまたち、君たちも、みな元気でいてね。」


 山あいの村から遠い都へ行くには、まず川を下って海に出るのが一番の方法です。金太郎は、おわん型の丸い小舟に乗り、(はし)の形に似た一本棒の(かい)をあやつりながら、川を下って行きました。
 かつて自分が桃の中に入って山の上から流れてきた同じ川を、こんどは、小舟に乗って自分自身の力で海まで下っていくのです。
 川は下るにつれてだんだんと緩やかになり、いつしか瀬音も消えて、豊かな流れが、広い川幅の中をゆったりと進むようになっていました。
 川の流れに任せて昼夜(ひるよる)と進むうちに、金太郎の乗った小舟は、ついに川の終点である海に出ました。
 金太郎の目の前には、青い海原が一面に広がっています。
「うわあ、なんて大きいんだろう。」
 左右を見わたしても、海の上には視界をさえぎるものは何もありません。はるか遠くには、水平線が横たわっています。
 初めて見る海の広大な風景に、金太郎は、人間である自分の身が、まるで一寸ほどの小さな存在でしかないように思えるのでした。


 海に着いた金太郎は、乗ってきた小舟を降りて、海岸の砂浜に上がりました。これから先は、歩いて都へ向かうのです。
 海辺をしばらく歩いていくと、波打ち際で、数人の子どもたちが、何やら騒いでいるのに出会いました。見ると、なんと子どもたちがカメをいじめているではありませんか。
 「かわいそうなことをしてはいけないよ。」
 優しい金太郎は、思わず声をかけました。
「だって、おいらたちが捕まえたんだ。」
「だったら、これをあげるから、そのカメを私にくれないかい。」
 金太郎は、腰に付けた袋の中から、にこにこ印の飴を取り出すと、子どもたちに与えました。飴をもらうと、子どもたちも笑顔になって、
「はい。」
と、カメを金太郎に渡しました。
「痛かったろうね。でも、もうだいじょうぶだから、安心して海にお帰り。」
 金太郎が優しく声をかけると、カメがいいました。
「助けていただいてありがとうございました。お礼にぜひ龍宮城へご案内させてください。」
 都へ向かう途中の金太郎ですが、急ぐ旅ではありません。カメの招待を受けることにしました。
 カメは金太郎を背中に乗せると、沖に向かって泳ぎだし、やがて海中深く潜って行きました。


 深ーい海の底に、これまで誰も見たことのない美しい龍宮城がありました。
 あたりには、魚たちが、楽しそうに泳いでいます。赤いサンゴの門をくぐると、カメは、宮殿の前で、金太郎を下ろしました。
 宮殿の入り口に、七色の虹の衣をまとったお姫さまが出迎えていました。
「金太郎さま。ようこそ、龍宮城へ。」
「あなたは、いったいどなたですか。」
「私は、かぐや姫と申します。」
 かぐや姫は、金太郎を龍宮城の中へ案内しました。
 青い海の底にありながら、龍宮城の宮殿の中は、まばゆいばかりの華やかさです。かぐや姫と金太郎が広間に入ると、魚たちの歓迎の宴が始まりました。タイやヒラメが舞を踊り、カレーやアジが音楽をかなでます。
 金太郎が、
「私は、桃から生まれたのです。」
と、自己紹介すると、かぐや姫は、
「じつは、私も竹から生まれました。」
と、答えました。
 桃から生まれた金太郎と、竹から生まれたかぐや姫。なんという、二人のあい似た運命なのでしょう。金太郎は、かぐや姫の話に耳を傾けました。


 かぐや姫は、仕事で竹を取りに来たおじいさんが、光る竹を見つけて切ったところ、その竹の中から生まれたというのです。おじいさんが竹から生まれた女の赤ん坊を抱いて家に帰ると、おばあさんも、びっくりするやら喜ぶやら。「これは、きっと神様が私たちに授けてくださった子にちがいない。」
 二人は、竹から生まれた女の子を、かぐや姫と名づけて大切に育てることにしました。
 おじいさんとおばあさんにかわいがられて、かぐや姫はすくすくと成長しました。
 優しい気立てのかぐや姫は、友だちの誰からも愛されて、幸せを感じていました。
 ところが、かぐや姫は、月を見るとなぜか心がおびえてしまうのでした。特に十五夜の晩は、訳もなく心が恐怖でいっぱいになるのでした。
 そんなかぐや姫の様子を心配して、おじいさんとおばあさんは、いっそのこと、かぐや姫を、月の見えない海の底へ住まわせた方がよいと考えました。
 こうして、かぐや姫は、深い海の底の龍宮城に移り住むことになったのです。


「なるほど、そうでしたか。」
 金太郎は、かぐや姫の話を聞いて、うなずきました。
「それにしても、なぜ月を見るとあなたの心はおびえるのでしょうね。」
「それが、私にもよく分からないのです。」
そう、かぐや姫が答えると、金太郎は、
「それなら、月から逃げるより、勇気を出して月へ行ってみたらいかがです。きっと理由が分かるはずです。」
と、すすめました。
 金太郎のことばに、かぐや姫は、うなずきました。
「なるほど、そのとおりかもしれません。私は、勇気を出して月へ行ってみようと思います。金太郎さま、あなたも、ごいっしょしてくださいますか。」
 もとはといえば、金太郎がいいだしたことです。
「よろこんで、お供しましょう。」
金太郎は、かぐや姫の頼みをきいて、自分もいっしょに月へ行くことにしました。


 龍宮城から月までは、深い海の底から宇宙への旅です。龍宮城では、かぐや姫を見送る宴が開かれました。
 海の上までは、年齢が一万歳になる大ガメが、かぐや姫と金太郎を案内することになりました。世界中の海を知り尽くした大ガメは、二人を背中に乗せて、海の中をゆうゆうと泳ぎ、やがて海面に出ました。
 海の上は月の夜でした。大ガメが着いたのは、ある島の浜辺です。砂浜に、二匹のウサギが待っていました。地上から月までは、ウサギが案内役を務めるのです。
 金太郎とかぐや姫は、こんどは別々に二匹のウサギの背中に乗りました。ウサギが空を飛んで月まで行くなんて、今では信じられないことかもしれませんが、はるか昔、ウサギは空を飛んでいたのです。その証拠に、ウサギは、他の動物たちと違って、今でも鳥と同じように、一羽、二羽と数えられることがあります。それはウサギが、昔は自由に空を飛んでいたからなのです。
「準備はよろしいですか。私たちの耳にしっかりつかまってください。まもなく離陸します。」
 二人を乗せた二羽のウサギは、そういうと、前脚を上げ、後ろ脚でぴょんとジャンプしました。すると、うさぎの体が軽やかに宙に浮き、金太郎とかぐや姫の体ともども、上空高く舞い上がりました。島が後ろにあっという間に小さくなっていき、二人の眼下に、月光を浴びた穏やかな海が、一面に広がって見えました。やがて、その海も丸い地球の形になって、後ろに遠のいていきました。
 金太郎とかぐや姫を乗せた二羽のウサギは、月をめざし、まっしぐらに夜空を抜けて行きました。


 どのくらいの時間がたったでしょうか。目の前に、大きな月面が迫ってきました。金太郎とかぐや姫を乗せた二羽のウサギは、月に近づくと右に進路をとって、月の裏側に回りこみました。これまで誰も見たことがない月の裏側です。
 月の裏側の大地には、美しい金色の月の宮殿が建っていました。二羽のウサギは、ぐんぐん急降下を始め、月の宮殿の前に、並んで着陸しました。
 金太郎とかぐや姫がウサギから降りて地面の上に立つと、宮殿の正面の扉が開いて、金の冠をかぶった月の女王が二人を出迎えました。
「はじめまして。私たちは、かぐや姫と金太郎と申します。」
「かぐや姫、よく月の世界へ帰ってきてくれました。金太郎さまも、よくいらしてくれました。」
 月の女王のあいさつに、金太郎とかぐや姫は、とまどいました。初めて月へやって来たかぐや姫に、女王は、お帰りなさいというあいさつをしたのです。やはり月には、何か訳が隠されているに違いありません。
 月の女王は、かぐや姫と金太郎を、宮殿の中に案内しました。青い宇宙に面していながら、月の宮殿の中は、まばゆいばかりの華やかさです。かぐや姫と金太郎が広間に入ると、天女たちの歓迎の宴が始まりました。
 月の女王が、かぐや姫に向かっていいました。
「かぐや姫、あなたはもともと月の世界の姫なのです。ところが、悪い鬼たちが攻めてきて、生まれたばかりのあなたをさらおうとしたので、私がとっさに使者に託して、別世界の竹の中にあなたを隠したのです。
 さいわい、あなたは、親切な老父母を得て無事に育ちました。しかし、あなたの幼い記憶の中に恐ろしい鬼の姿が残っていて、月を見ると、あなたの心の中に、その記憶が気づかないままよみがえるのです。そのため月夜になると、あなたの心は恐怖におびえてしまうのです。」
 初めて聞く話に、かぐや姫は驚きました。自分が月の世界の生まれだったとは。そして、今まで自分自身にも理由が分からなかった月夜の心のおびえが、自分をさらおうとした鬼のせいだったとは。
「そうだったのですか。それで、その鬼たちはいまどうしているのですか。」
と、いっしょに話を聞いていた金太郎が、女王にたずねました。
「鬼たちは、月を攻めたあと、かぐや姫が逃れたあなたの国へ攻めて行き、都に住みついて、いまもさまざまな悪事を働いているのです。」
 金太郎は、月の女王があらゆることを知っているのに対し、自分は母国の都のできごとすら知らないことを、恥ずかしく思いました。
「女王さま、私はちょうどその都へ向かう旅の途中です。私が鬼たちを退治すれば、かぐや姫の心も晴れ、都の人々も救われるでしょう。」
 金太郎は、一刻も早く都へ向かう決意を固めました。
 かぐや姫は、
「金太郎さま、あなたは私に勇気をくださいました。私は月に残り、月の世界のために尽くすつもりです。」
と、いいました。


 金太郎は、めざす都へ、月から一気に向かうことになりました。
 月の宮殿で、こんどは金太郎を見送る宴が開かれました。かぐや姫は、
「お引き止めできないのが残念です。どうかご無事で。」
と、名残を惜しみました。
 別れ際に、月の女王が、
「どうぞ、これをお持ちください。ただし、めったなことで、ふたを開けてはいけません。」
といって、金太郎に玉手箱を授けました。
 再びウサギの背に乗って、金太郎は、月を出発しました。金太郎を乗せたウサギは、月の裏側から表側に出ると、スピードを上げて、まっしぐらに地球をめざしました。
 夜空を抜け、暗い中にも、地球の陸地が見えてきました。めざすは、都です。ウサギは、早くも地球の陸地の上空に達し、野山をこえて飛行を続けます。
「金太郎さま、あれが都です。」
 ウサギの案内に、金太郎は、前方に目をこらしました。平地が開け、碁盤(ごばん)の目をなす幾筋もの大通りが見えました。大通りに囲まれた区画には、月明かりに照らされた瓦屋根の家々が整然と並んでいます。
 話に聞いていた都の景色が、金太郎の眼下にありました。ウサギは、上空を旋回して都の全景を四方から見せた後、静まり返った都大路の真ん中に、ヒューッと着陸しました。
「おつかれさまだったね。ありがとう。」
 金太郎は、ウサギにお礼をいい、地面に降り立ちました。自分たちが後にした月を頭上に見返ると、月に残ったもう一羽のウサギが、表側の見えるところにやってきていて、お餅をつきつき、地球に手を振っていました。


 夜の都大路は、ひっそりと静まり返って、人っ子ひとり見当たりません。歩いているのは、金太郎ただ一人です。
 しばらく歩いていくと、大きな橋が川にかかっていました。金太郎が渡りかけると、突然、黒ずきんをかぶった大男が現われ、ナギナタを持って橋の真ん中に立ちはだかりました。背中には弓矢を背負い、腰には何本もの刀を差しています。
「お前の腰の刀をよこせ。さもなくば、この橋は渡らせぬ。」
と、大男は、金太郎に向かって、乱暴にいいました。
 金太郎は、刀など持っていません。
「腰の袋の飴ならあげましょう。」
と、金太郎が答えると、大男は怒って、ナギナタを振り上げました。
 金太郎は、都には鬼だけでなく、こんな悪い人間もいるのかと知ると、まず手始めにこの乱暴者から退治してやれ、という気になりました。
 大男がナギナタを振り回した瞬間、金太郎は、さっと身をかわして橋の欄干(らんかん)に飛び移り、ナギナタを奪い取るや、すかさず大男の両足の向うずねを、ナギナタの(つか)で、
「エイッ」
と、打ちつけました。
「痛たたたた。」
 大男は、両足のすねを抱えて倒れこみました。金太郎は、大男の体を両手で頭の上に高く抱えあげると、軽々と橋の下へ放り投げました。
 ドッボーン
 静まり返った川面に、水音がひびきました。
  金太郎が橋を渡りきると、ずぶぬれになった大男が水から上がってきて、
「私は、弁慶と申します。どうか、あなたの家来にしてください。」
と、頼みました。
 心を改めれば、誰でも友だちです。金太郎は、よろこんで弁慶を鬼退治の仲間に加えました。


 夜とうってかわって、昼間の都大路は、にぎやかです。いろいろな職業の人が行きかい、馬や牛も荷物を積んで通ります。
 金太郎が弁慶の案内で街を見物していると、遠くで悲鳴がし、
「鬼だ、鬼だ。」
と、人々が逃げてきました。
「早くも出たか。」
 金太郎と弁慶は、人々の流れをかき分けて、悲鳴の聞こえた方へ駆けていきました。
 数匹の鬼が、一軒の店の中を荒らして品物を持ち去ろうとしています。
「待てっ。」
 金太郎が叫ぶと、鬼たちは、恐ろしい目で金太郎をにらみつけました。
 そんなことでひるむ金太郎ではありません。金太郎は鬼たちの前に、立ちはだかりました。
 鬼たちは、いきなり金棒を振り回して、金太郎と弁慶におそいかかりました。弁慶は刀を抜いて鬼と戦い、金太郎は得意の怪力で鬼を投げ飛ばします。鬼たちは、退散しました。
 鬼が去ったあと、金太郎は、弁慶にいいました。
「鬼はまたやってくるに違いない。私たちがいるときはいいが、広い都のことだ。何とかしなければ。」
「それにしても、あの金棒というやつは、刀なんか折れてしまいそうですよ。こんどはマサカリでもかついでくるか。」
と、弁慶が意気込むと、金太郎は笑って、さとしました。
「弁慶さん、あなたがマサカリを使えば、鬼ももっと太い金棒を使うでしょうよ。切りがありません。私たちは、知恵で勝負しないと。」
「知恵ですか。私は弱いなあ。」
と、大男の弁慶が頭をかきました。


 金太郎は、弁慶に都の往来を見張らせて、自分は鬼の逃げた方角へ住みかを探しに出かけました。鬼は、山のほら穴に住んでいるといううわさです。
 金太郎が都のはずれの一軒家の前に来たとき、
「助けてー。」
という声がしました。
 もしや鬼では、と庭先を見ると、おばあさんが一羽のスズメの舌をはさみで切ろうとしているではありませんか。
「何をするのです。」
 金太郎は、思わずおばあさんを止めました。
「このスズメは私が作った(のり)を食べたから、舌を切ってやるのさ。助けてほしければ、お前さんの玉手箱の中のものを私におくれ。」
 金太郎は、おばあさんの欲深さにあきれながら、
「この玉手箱は、めったなことでふたを開けるわけにいかないのです。」
と、答えました。
ところが、欲深なおばあさんは、
「見るくらいならいいだろう。」
と、かってに手を伸ばして、ふたを開けてしまいました。
 すると、玉手箱の中から煙が出て、おばあさんはたちまち百万年も歳をとり、そのまま化石になってしまいました。


 金太郎は、さらに歩いて行きました。
一軒の空き家の前に来ると、中から、
「助けてー。」
という声がして、一匹のサルがあわてて逃げていきました。
 もしや鬼では、と思って金太郎が家の中に飛び込むと、そこにはカニとハチとクリとウスがいました。訳を聞くと、サルがカニをいじめるので、ごちそうに招くふりをしてサルに仕返しをしたというのです。
 カニが囲炉裏(いろり)で火をたくと、火の中のクリがわざとはじけてサルを脅かし、逃げようとしたところをハチが刺し、最後に天井に隠れていたウスがサルの上に落ちて、こらしめたというのです。
「なるほど、みんなで力をあわせて仇をうったというわけだね。」
 金太郎は、感心して、さらに里から山へと向かいました。


 しばらく行くと、また
「助けてー。」
という声がしました。
 もしや鬼では、と駆けつけると、沼の中で一匹のタヌキがおぼれかけています。
 金太郎はタヌキを助け上げて、訳を聞きました。
 タヌキはしょげながら、
「私は、豆畑を荒らしてばかりいたものですから、おじいさんに捕まってしまいました。留守中におばあさんをだまして逃げたのですが、ウサギがお前は悪いやつだといって、私の背中に火をつけ、あげくの果てに、水で消せばいいといって、沼に落とされたのです。」
と、答えました。
「気の毒だけど、それは君がいけなかったね。でも、豆畑を荒らしたのは、なぜなんだい。」
と、金太郎が聞き返すと、タヌキは、
「人間は、私たちタヌキを、宝をカラにするといって嫌います。だから、私たちはくやしくて人間を化かすようになりました。ところが、悪いことをしていると、いり豆が怖くなってくるのです。豆を()るのは『魔の目を射る』といって、悪事を働くものに、いり豆は大敵なのです。そこで、私もつい豆畑を荒らしてしまったのです。」
と、答えました。
 金太郎は、タヌキに同情するとともに、いり豆とはいいことを聞いたと思いました。
「タヌキさん、もともとは人間がいけなかったみたいだね。でも、君たちもせっかく化けることができるのなら、人間を喜ばせるものに化けたらどうかな。」
というと、タヌキは、金の茶釜に化けて見せました。
「その調子、その調子。それなら、君たちタヌキは縁起がいいといって、きっと好かれるようになるよ。」
と、金太郎は励ましました。
 金太郎は、鬼の住みかを探すことをやめて、その足で、すぐに都へ引き返しました。
 そして、次のような立て札を、街のあちこちに立てました。
「豆を炒り、みんなでいっせいに『鬼は外』といって豆まきをすれば、鬼は都から退散するでしょう。みんなで力をあわせることが大事です。」


 都では、ためしに節分の夜、いっせいに、
「鬼はーー外。」
と、豆まきが行われました。
 すると、それ以後、鬼が都の人々をおそうことはなくなりました。
 ひとりのおじいさんが、お礼に金太郎を訪ねてきました。
「おかげで、都が平和になりました。豆まきのあとは、私が灰をまいて、枯れ木に花を咲かせましょう。」
といって、おじいさんが灰をまき歩くと、桜の木がいっせいに花開いて、都に春が訪れました。


 金太郎は、その後、都で学問をおさめ、立派なおとなになって故郷へ帰ったということです。めでたし、めでたし。






あとがき:
 桃から生まれた男の子なら「桃太郎」でなければ、という人は、竹から生まれた女の子が「竹の子姫」ではなく「かぐや姫」であることにも、疑問を持ってみましょう。

 子どもにはこんな話より本物のおとぎ話を聞かせるべきだという人は、そのとおりですから、ぜひ本物のおとぎ話を聞かせてあげてください。
 元のお話を知っている子どもなら、この物語を聞いて(あるいは読んで)、色んな楽しい発見をするに違いありません。
 
なお、この作品は、1977年に発表したものですが、このたび大幅に書き改め、新作として発表することにしました。(2004417日)

 Copyright: Isshou Tsukino
 (禁 無断転載)




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