おじいちゃんのポッケ

                               月野 一匠



     


 ユウが着くのを、おじいちゃんは、今か今かと待っていたようです。
  呼ぶ前に、玄関のドアが、中からあいて、
「はい、おかえり。」
と、つやつやの笑顔が、ユウを見おろしました。
「ただいまぁ。」
 おたがいに、よそゆきのあいさつは、ぬきです。遠くても、おじいちゃんちは、ユウのもう一つのわが家なのです。
 足ぶみしてくつをぬぐと、ユウは、かけっこみたいに、お家の中へゴールインしました。
「ほらほら、おぎょうぎよくするのよ。」
と、玄関から、お母さんの注意が追っかけてきましたが、もう上の空です。
 

 えんがわに日がいっぱいの居間は、公園を思わせる心地よさです。
 なげしのハンガーに、おじいちゃんの茶色いブレザーが、おぎょうぎよく休んでいました。
 それだけだったら、きっとユウの目は、すぐに飾り戸だなの中のお人形か、わきのボール箱のつみ木に、向かったにちがいありません。
 でも、そのブレザーのポッケが、ユウの心をとらえました。
 まるで、特大の食パンが、すっぽり入ってしまいそうなおばけサイズ。それが二つ、おなかの部分に、お面みたいにくっついていたのです。
「ポッケの王様だ。」
 ユウの足は、ハンガーの下に来ていました。
 あたまの上のポッケは――いつも使われているのでしょう。二つとも、よゆうを見せて、ブレザーのおなかかから、ほんわりと浮いています。
 ユウの心の中から、一羽の小鳥が飛び立って、あいたポッケのふちにとまると、中を深く、のぞきこみました。じょうぶそうで、おくの方まで、ゆったりしています。
「これなら、宝ものがいっぱい入るよ。」
と、ユウは思いました。
 すると、こんどは、折り紙とか、コマとか、バッジとか、チョコレートのあき箱とか、小石とか、いろんな小物が、ユウの目の前で、次から次へと、あたまの上から、流れ星のように、両方のポッケに飛び込んでいきます。
 ユウが呼びよせた宝ものたちです。落ち葉、ストロー、アイスキャンディのぼうも、飛んできました。
 思い浮かんだ宝ものが、ひととおり収まったところで、二つのポッケは、ちょうどいっぱいになりました。
「こんなポッケがほしいな。」
と、ユウの小さなお口から、つぶやきがもれました。
 ユウは、たぶん、おじいちゃんより、ずっとたくさん、新しいお洋服をもっています。お家のタンスの引き出しの中には、色とりどりのお洋服がつまっていて、ときどき自分でも、どれを着ようか、迷ってしまうことがあるくらいです。
 でも、こんなにりっぱなポッケのお洋服は、一つもありません。
 ユウは、ほんとうは、おしゃれなお洋服より、宝ものがいっぱい入れられるお洋服が、のぞみです。
 ユウは、おじいちゃんが、うらやましくなりました。たしか、お父さんだって、こんなにりっぱなポッケのスーツは、もっていないはずです。
 それにしても――こんな、すてきに大きなポッケに入れる、おじいちゃんの宝ものって、いったい何なのでしょう。


「ねえ、おじいちゃん。」
と、ユウは、おじいちゃんの手を引いてきて、聞きました。
「このポッケに何入れるの。」
「どれどれ、これかい。」
 おじいちゃんは、ちょっと考えました。
「そうだねえ、何だと思う。」
「うーんとね。」
 立場が、ぎゃくになってしまいました。
 何かな、何かな、とユウは、いっしょうけんめい考えようとするのですが、浮かんでくるのは、さっき呼びよせた、自分の宝ものばかりです。
「わかんない。こうさんだから、おしえて。」
 ユウのお願いに、おじいちゃんは、にっこり笑って、
「では――。おじいちゃんはね、いつも、右のポッケに・・・・・」
「右って、こっち?」
と、ユウは、自分の右手の方のポッケを、指さしました。
「ううん、こっち。」
 おじいちゃんは、くるりと向きをかえると、かべぎわに立って、ブレザーのよこに並びました。
「ほらね。」
と、右手をふると、なるほど「右」は左です。
「さて、いいかい。右のポッケにはね――思いで。左のポッケにはね――」
 ユウの目が、よこにカキっと動きます。
「夢を入れてるんだよ。」

  右のポッケには「思いで」
  左のポッケには「夢」

と、おじいちゃんは、いいました。
 思いもよらない答えです。どちらも、ユウが考える宝ものの中にはないものです。
「オモイデって何だろ。ユメって、まさか、眠ってるとき見るあれじゃないだろうし。きっと、めずらしいものだよ。」
と、ユウは、想像しました。
「それって、おじいちゃんの宝ものだよね。」
「そう、おじいちゃんだけのものさ。」
 やっぱり、です。
「見せて。」
 ユウは、目をきらきらさせて、おじいちゃんにたのみました。
「ざんねんだけど、見せられないな。」
 意外です。おじいちゃんは、ユウに宝ものを見せたくないのでしょうか。いいえ。
「おじいちゃんの宝ものはね、目には見えないんだよ。」
 ふしぎです。
「どこかに、かくしたの?」
「ううん、かくしてなんか、いないさ。形がないんだよ。だけどね、お話なら、してあげられる。」
「じゃ、お話しして。」
「聞くかい。」
「うん。」
 おじいちゃんも、ウンと、うなづきました。
「ようし、何から話をしようかね。ふうむ、右のポッケの方が、やっぱり少し重たくなったかな。」
 おじいちゃんは、そんなふうに、いいました。
 ユウが見くらべると、ブレザーのポッケは、たしかに、何となく右の方が、少しだけほわっとしているように、見えました。


「おじいちゃんが、ユウのころにはね・・・・・」
 おじいちゃんは、おひざの上のユウに、ゆっくりとお話を始めました。
 ユウは知りません――それが、じつは、お父さんも聞いたことのないお話だということを。
 でも、おじいちゃんの声を聞いていると、ユウは何だか、自分の宝ものが増えていくような気がしました。 いつのまにか、ユウの目の前には、古いテレビが現れていて、おじいちゃんの、ひとこと、ひとことが、絵になって動いていました。




 あとがき:これから、ユウのポッケも、どんどんふくらんでいくことでしょう。


  月野一匠『おじいちゃんのポッケ 月野一匠童話集』(1993年)より。
  挿絵:こまつゆみ
  原文は縦書きですが、横書きに表示しています。


 Copyright: Isshou Tsukino
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