おつげ地蔵さん
月野一匠
村のはずれ――
平らな一本道が終わり、そこから山が始まる所に、おつげ地蔵さんはありました。子どもの背たけほどの、古い石のお地蔵さまです。
場所がら、もともとは、山へ入る、あるいは山を越える村人のための、守り地蔵であったのでしょう。
ところが、このお地蔵さまは、ふしぎな力を持っておりました。石の中の透きとおるツブツブが、一日先の村の天気を予知して、色を変えるのです。つまり、見た目には、お地蔵さまの体の色が、一日先の村の天気を、教えてくれるのでした。
お地蔵さまが、お日さま色に輝いていたら、一日先は、晴れ。
お地蔵さまが、かまどの灰みたいにくすんでいたら、一日先は、くもり。
お地蔵さまが、冷たい水色をしていたら、一日先は、雨。
お地蔵さまが、雪うさぎのように真っ白だったら、一日先は、雪。
――という具合です。
おかげで、村人たちは、山仕事や田仕事に取りかかる時はもちろん、何をするにも、たいへん重宝していました。
ある年のことです。――
稲穂が風にそよぐようになり、刈り入れまで、もうあと少しというだいじな時期になって、村に雨が降らなくなりました。
季節はずれの日照りです。このままでは、せっかく実りかけた稲や畑の作物が、枯れてだめになってしまいます。
村の人たちは、おつげ地蔵さんにお参りして、雨のきざしを待ちのぞみましたが、お地蔵さまの石の体は、ぎらぎらと輝きを増すばかりです。
たのみの川の水も、だんだんと、干あがってきました。このうえ、井戸が涸れでもしたら……。心配は作物だけでなく、飲み水にもおよんできました。
村の人たちは、もうじっとしていられません。かといって、空の天気のことです。祈る以外に、何ができるというのでしょう。
人々は、ひんぱんに、おつげ地蔵さんの所に通うようになりました。
「ああ、きょうも夕やけじゃ。」
いつもなら、お地蔵さまの山の上に美しく広がる夕やけ空が、村人たちの目には、おそろしい血の池じごくのように見えました。
「おつげ地蔵さん。お前さまも、ぎらぎらと暑くてたいへんじゃろう。あしたは、村をあげて、みなで参りますから、どうぞよろしくおたのみいたします。
なかまの代表が、そういって、竹筒にだいじに入れて持ってきた水を、お地蔵さまのあたまに、かけてやりました。
そのようすを、林のかげから見ていた者がいます。きらわれ者のクワジという男です。
「ふん、だいじな水をもったいない。」
村人たちが立ち去ると、クワジは、お地蔵さまの前に、すがたをあらわしました。
「おい、おつげ地蔵。雨が降らないのはお前のせいだ。こうしてくれるわ。」
クワジは、足下のぼろぼろした土を、両手ですくうと、いきなりお地蔵さまのあたまに、パッと、かけました。かわいた土が水にぬれて、お地蔵さまの体は、たちまち真っ黒になりました。黒さは、石の中までしみこんでいきました。
あくる日、雨乞いのお参りのために行列を組んで一本道をやってきて村人たちは、お地蔵さまが、きのうまでとは、うって変わって、真っ黒になっているのを見て、びっくり仰天しました。
「こりゃあ、どうしたことだ。地蔵さんまで日やけされたか。」
だれもが初めて見る、黒色すがたのおつげ地蔵さんです。人々の心に、不安がわきました。
「じいさま、ばあさまたち。これはいったい、何のおつげかの。」
「うーむ。何か、おそろしい天変地異の前ぶれでなければよいが。
天変地異!
人々の目が、またいっせいに、お地蔵さまに注ぎました。
おつげ地蔵さんの墨のような黒さ。――考えられることです。
「だとすれば、どんな。」
「この日照りじゃ。嵐や洪水ということはあるまい。地震であろう。」
地震!!
人々は、緊張しました。
「みなの衆。聞いたとおりだ。はっきりとはわからんが、あしたは、大地震が来るかもしれぬ。来なければ、なおよし。だが、ここは、やはり地震に備えておくのが一番であろう。雨乞いは、そのあとじゃ。」
村人たちは、急いで家々へもどると、かまどの傷みをなおし、つみあげたマキをおろし、家のあちこちに、つっかえぼうをしたりしました。子どもたちも、しんけんに手伝いました。
そんな村人たちのあわただしいようすをながめて、一人おもしろがっていたのは、クワジです。
「へへ、地震なんて来るものか。おれがおつげ地蔵に土をかけたことにも気づかないで。この暑いのに、まぬけなやつらだ。」
クワジは、あしたはもっとおもしろくなるぞ――という顔で、また「へへ」と笑いました。
夜が明けると、村の人たちは、昨夜のうちに作った一日分のやきおにぎりを持ち、汲めるだけの井戸水を汲んで、お地蔵さまの山の林に避難を始めました。
「おーい、クワジ。お前も逃げたらどうだ。」
誘いの声に起こされたクワジは、
「眠いわい。」
と、家の中から、ただ一言、答えただけでした。
山のふもとで、長い一日が過ぎていきます。
村の人たちは、落ちつきを取りもどしていました。
できる備えはすべてしましたし、家族もそろっています。その上、おつげ地蔵さんがいっしょです。何を、むやみにおそれる必要がありましょう。
日が傾きかけたころ、とつぜん大地が、ドーンと突き上げるように揺れました。ゴーという地なりがひびきわたり、まわりの木々がザワザワと揺れ、枯れ葉がいっせいに人々の上に降り注ぎました。ついにお地蔵さまが、つもった落ち葉の上に、倒れました。
――地震は、やみました。半分はだかになった林の、もとの静けさの中に、人々の胸の高なりだけが残っています。
「おーい、おつげ地蔵さんが、水色に変わってらっしゃるぞ。」
かさかさの落ち葉のじゅうたんの上で、お地蔵さまは、今にもぬれそうな冷たい水色をして、天をあおいでいました。みなが待ちに待った、雨のおつげです。
「助かった。」
村人たちの日やけした顔に、喜びの笑顔がよみがえりました。
あれだけの大地震であったにもかかわらす、どの家々も、ぶじでした。ただ、クワジの家だけは、あとかたもなくつぶれ、クワジは、その下じきになっていました。
救いの大雨が降り、田んぼや畑の半分は、息を吹きかえしました。
落ちついたころ、村人たちは、再び山の入口の林に集まり、全員で、お地蔵さまに、心からの感謝をささげました。
おつげ地蔵さんは、今も、村のはずれの静かな山の入口にあって、村を見守っているということです。
あとがき:お地蔵さまって、そこにいてくれるだけで、ありがたいですね。
月野一匠『おじいちゃんのポッケ――月野一匠童話集』(1993年)より(一部改訂)。
挿絵:こまつみか(原作より)
Copyright: Isshou Tsukino
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