ルビースター

 
                                  月野一匠



 ルビーとスターは、生まれた時からなかよしどうしの、うさぎです。
 夏のある日、
「おい、ルビー。とんがり山を冒険してみようよ。」
と、スターが、花まる山のてっぺんでいいました。
 とんがり山というのは、北の谷をはさんですぐ向こうに見える、いちだんと高い
山のことです。高い分だけ、危険も多いのでしょうか。子うさぎたちは、ぜったいに
とんがり山へ遊びにいってはいけないと、教えられていました。
「だめだよ、スター。」
と、ルビーは止めましたが、スターは、もうジグザグに、林の中をかけおりていきます。
「ようし、負けるものか。」
 ルビーも、それなら自分が一番乗りだ、という気になってしまいました。大きく
ジャンプすると、スターのおしりを見ながら、谷に向かって、競走を始めました。


 林をぬけた谷あいは、冷たい水が流れる川になっていて、ここが、花まる山と
とんがり山のさかいです。
 岸まで来た二ひきの子うさぎは、川の中のとび石を、じょうずにえらんで、

      ぴょん
        ぴょん
      ぴょん
        ぴょん 
      ぴょん

と、流れをとびこえました。
 来てみれば、鳥の声も少なく、みょうに静かなとんがり山のふもとです。
 ルビーは、
「気味わるいな。帰りたいな。」
と、心の中で思いましたが、いまここで「帰ろうよ」なんていったら、スターが、
「よわむしだな」って、笑うにきまっています。
 ルビーは、心とは反対に、強がりをいうことにしました。
 スターは、どうなのでしょう。じつはスターも、
「気味わるいな。来るんじゃなかったな。」
と、心の中で思っていたのです。でも、さそった自分が「もう帰ろうよ」なんて
いったら、ルビーが「よわむしだな」って、笑うにきまっています。
 スターも、心とは反対に、強がりをいうことにしました。
 二ひきの子うさぎは、同時に、
「おもしろそうだね!」
と、さけびました。
 さあ、もう帰るわけにはいきません。
 ふたりは、おたがいに相手を信じて、とんがり山の林へ、そろりそろりと
近づきました。
 すると――
 林の入口に、一本の赤い野バラがありました。
「わあ、きれいだな。かおりもすてき。」
 でも、その野バラは、一本だけそこに()かれていたのです。
 そばによると、バラの花の下に、手紙がありました。矢じるしがあって、

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    だれでもでもどうぞ
    むかえてあげる

と、書いてあります。招待状(しょうたいじょう)です。
 それにしても、なんてすてきな招待状でしょう。とんがり山にも、(やさ)しい
お友だちがいたのです。
 こわいと思ったとんがり山の林が、なんだか、とても魅力的(みりょくてき)に見えて
きました。
 ふたりは、とりこになって、矢じるしの方向へ進んでいきました。
 深い草を分けて、どのくらいのぼったでしょうか。お友だちの家らしきものは、
どこにも見えません。
 ふたりは、少し心ぼそくなってきました。
「へんだなあ。」
「道まちがえたのかなあ。」
 その時、前方の木の根もとに、また赤い野バラが見えました。
「あそこだ!」
 ふたりは、急いでかけよりました。バラの花の下には、また手紙がありました。
矢じるしがあって、

   サラダはいかが
   ダンゴはいかが
   ムリョウです

と、書いてあります。
「わあ、ぼく、サラダ大すき。」
と、ルビーがさけびました。
「ぼくだって、ダンゴ大すき。」
と、スターもさけびました。
 お友だちの家は、きっと近くです。ふたりは、先をあらそうように、また矢印の
方向へ、元気にかけ出しました。
 どのくらいのぼったでしょうか。お友だちの家らしきものは、まだ見あたりません。
 ふたりは、また心ぼそくなってきました。おなかもすいてきました。
 その時、前方の木の根もとに、また赤い野バラが見えました。
「あった!」
 ふたりは、今度こそと期待(きたい)して、かけよりました。
 バラの花の下には、三つ目の手紙がありました。
 ところが、そこには×じるしがあって、

   さがしても
   だめですよ
   むだですよ

と、書いてあります。
 ふたりは、えっと思って、もういちど読み返してみましたが、やはりそう書いて
あります。
 いったい、これは、どういうことなのでしょう。さっぱり、わけがわかりません。
 サラダとダンゴどこに――いえいえ、むかえてくれるはずの、優しいお友だちは
どこにいるのでしょう。
 ふたりは、キツネにつままれた心もちになりました。
 その時、ルビーは、ハッと思いました。とんがり山には、サダムというあたまの
いい大将(だいしょう)キツネがいて、ときどき、うさぎをだましてつかまえることがある
という話を、今になって思い出したのです。
 もしやサダムでは、と思って、目の前の手紙を、もういちど見たルビーは、
「しまった。サダムにだまされた。」
と、さけびました。
「スター、手紙のあたまの字を見てごらん。ぼくたち、サダムにだまされたんだ。」
 手紙のあたまは、「さ・だ・む」です。
「もしかしたら、前の二つも……」
 スターのあたまは、いっきに、いま来た道を引き返して、前の二つの手紙を
すばやく思い返してみました。体もこんなふうに引き返せたなら、どんなに
よかったことでしょう。
「しまった。たしかに、サダムだ。」
 きっとサダムは、ふたりがとんがり山へ向かったのを、どこかで見ていたのに
ちがいありません。そして、赤いバラの花で、ふたりをさそったのです。しかも、
手紙に、ちゃんとなぞをしかけて――。サダムは、自分たちの知恵を、ためして
いたのです。
 ああ、なぜ、もっと早く、サダムのトリックに気がつかなかったのでしょう。
「引き返そう、ルビー。」
と、スターがいいました。
 その時です。
むださ。」
という低い声が、前の方でしました。
 ハッとして見ると、十歩ほど先は、なんと、もうとんがり山のてっぺんでは
ありませんか。そのせまいてっぺんに、一ぴきの大きなキツネが、まっすぐ
こちらを向いて、ねそべって、笑っています。サダムです。
「フ、フ、フ。」
 細い目が、ルビーとスターを、かわるがわるにとらえて、ギラッと光りました。
「わっ、逃げろ!」
 ふたりは、同時にさけんで、身をひるがえしました。
 うしろの正面に、花まる山のてっぺんが見えました。ルビーは、考えるよりも先に、
いきなりその花まる山のてっぺんめがけて、思いきりジャンプしました。
 しかし、それこそむだでした。となりの山へひとっとびなんて、鳥でなければ
できないことです。ルビーの体は、どしんと落ちて、とんがり山の斜面を、木に
ぶつかり岩にぶつかりして、ころげ落ちました。
 ころげて、ころげて、走って、走って……。
 ハアハアいうたびに、草のはっぱが、ちぎれて口の中にとびこんできます。
          

 とちゅうに、青空があったような気がします。水の上をとびこえたような気もします。
 ルビーは、花まる山の、太い木の根っこの穴の中にいました。心ぞうに合わせて、
体中が、はげしく鼓動(こどう)しています。一時間ほど、用心深く穴の外の音を
うかがいましたが、サダムが追ってくる気配(けはい)は、もうありません。
 ホッとためいきをつくと、両方のほっぺが草でいっぱいにふくらんでいます。
「わ、お口の中がサラダだらけ。」
モゴモゴ。
 動こうとすると、今度は、背なかやおしりがいたみます。さわってみると、コブだらけ
です。
「わ、体中がダンゴみたい。」
ズキズキ。
 それにしてもこわい冒険でした。サダムのあの低い声、あの鋭い目。よく、
いっきにここまで、逃げて来たものです。
「サダムも、ぼくの足には、かなわなかったんだ。」
 ルビーの両耳が、とつぜん得意げに、うしろへピンとのびました。
「あたまがよくたって、かけっこなら、やっぱりキツネよりうさぎの勝ちさ。ねえ、
スター……」
と、いいかけて、ルビーは、ドキンと心ぞうが止まりそうになりました。
「スターは……、スターはどうしたんだろう。」
 あの時、自分はいきなりうしろを向いて、逃げ出しました。スターのことは、
考えませんでした。あとは、ただ夢中で、自分ひとりここまで逃げて来たのです。
 ああ、たいへんなことになりました。
 もしかしたら、スターは、サダムにつかまって食べられてしまったのでは……。
  まさか!
  いいえ !!
 自分が今こうしてぶじにいられるのは、もしかしたらスターが、身がわりになって
くれたからかも、しれないのです。
「そうだったら、どうしよう。」
 ああ、自分は、なんておくびょうだったんだろう。友だちをおいて、自分だけ逃げ
かえるなんて――。
 スターは、どんな思いで、自分のうしろすがたを見送ったことだろう。
 ルビーの目から、なみだがポロリと落ちました。


 夕方、ルビーは、とんがり山を前にした、花まる山の林の中を、足を
引きずりながら、歩いていました。
「ぼくが、サダムにつかまればよかったんだ。」
 ルビーは、スターがどんなに大切な友だちだったのかを、知りました。
 その時――
 うしろの方で、
「ルビー。」
と、呼ぶ声が聞こえました。なつかしいスターの声です。
 スターは生きていたんだ!
 ルビーは、うれしさにふりかえりましたが、自分がはずかしくて、顔をふせて
しまいました。
 スターが、ルビーの耳もとにやって来ました。そして、顔をよせていいました。
「ルビー、ぶじだったんだね。ごめんよ、ぼくだけ先に逃げて。ぼくのおくびょうを、
ゆるしてくれる?」
 ルビーは顔をあげました。
「スター、ぼくこそ、きみをおいて逃げたんだ。ごめんよ、ごめんよ。」
 二ひきの子うさぎは、泣きながら、だき合って、おたがいのぶじを、よろこび
合いました。


 そのころ、とんがり山のてっぺんでは、大将キツネのサダムがあくびをして
いました。
「あーあ、きょうはしくじった。」
 サダムは、日記帳を取り出すと、
 「二ひきのうさぎを
  一度に追うな。」
と、書きとめました。



あとがき:サダムって頭いいよね。日記までつけているんだよ。


 月野一匠『おじいちゃんのポッケ―月野一匠童話集』(1993年)より
 原作の「丸山」を「花まる山」に、「北山」を「とんがり山」に改訂しています。
 挿絵:こまつゆみ(原作より)

 Copyright: Isshoh Tsukino
 (禁 無断転載)



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