ウェルカム宇宙特急


                           月野 一匠



1 夜明け


 暗闇の中で、地球がゆっくり東へ回り込んでいくのが、ぼくには感覚でわかる。じっと座ったまま、山といっしょに前へのめっていくぼくたち。白んできた東のかなたの空から、ご来光の輝きが、サアーッと両目の瞳孔に差し込んだ。
(とうとう七夕の日がやって来た。ぼくたち地球の鉄道ファンが待ちに待った日が、ついに来たのだ。)
 胸の奥まで注ぐ、すがすがしい朝一番の光。まぶしく照らされて、すぐ左手に浮かび上がる険しい尾根。あのずうーっと向こうに、めざす赤岳の山頂がある。
「おはよう」
「おはよう」
 互いに交わす挨拶で、にわかに活気づく周辺。
 さあ、山が目を覚ました。ぼくたちも出発だ。
 周りに人々の渦ができては、尾根道に引っ張られるように、一本の列に変わっていく。
「しゅっぱぁーつ」
 ぼくたちのグループも、待ちかねたように登坂を開始した。
 本当に長かった。これまでずいぶん待ったけれど――でも、もう長い道のりの九合目あたりに、ぼくたちはいる。



2 ニュース


 今年の元日の朝、K座564星の宇宙鉄道センターから発表されたビッグ・ニュースに、地球の鉄道ファンは、思わず歓声をあげた。
「宇宙特急、七月七日にあいついで地球を訪問。」
 一〇〇万光年あるいは一億光年離れた銀河間を超光速で走り抜ける二つの宇宙特急――宇宙方位南行き特急列車オルデーラ号と、宇宙方位北行き特急列車ヨハンナル号が、七月七日の夜、あいついで地球にやって来るというのである。
「夢ではないのか?」
と、ニュースを聞いたとき、ぼくは耳を疑い、身ぶるいした。本当だとしたら、これはすごいお年玉だぞ。――ぼくの胸は、がぜん高鳴った。
 だって、宇宙特急は、地球にとってはまだ手の届かない夢の技術、ただ仰ぎ見るだけのあこがれの乗り物だからだ。
 学校が始まってからも、ぼくの頭の中は宇宙特急のことでいっぱいだった。いや、ぼくだけじゃない。クラスのみんながそうだった――男子も女子も。
 ぼくたちは、宇宙鉄道についての自分たちの知識を豊かにするために、お互いに情報を集めては、持ち寄った。
 ぼくは、情報図書館で調べた『乗り物事典』の知識を、クラスの仲間に提供した。

「宇宙鉄道――出発地から目的の天体まで、軌道を自在にプログラム設定して、宇宙内を超光速の列車で結ぶ交通システム。」

 つまり、宇宙のどこへでも、思いのままに、目に見えないレールをつなげて、光よりも速い列車を走らせる鉄道――それが宇宙鉄道だ。そして、その宇宙鉄道を走る列車が、宇宙特急なのだ。

「基本デザインは、先頭と最後部にロケット型の機関車が配置され、あいだに円筒形の客車が連結される車両編成。客車一両の定員は、地球人換算で約一二〇名。乗客数に応じて客車は増結され、一〇〇両を超す長い編成も可能。
 推進力は燃料噴射によらず、プログラム設定された軌道を、前後の機関車が、天体引力を推進エネルギーに変換して基本走行する。先頭機関車は、軌道前方の目標圏内の天体引力を増幅して一気に吸引し、後部機関車は、後方すべての天体引力を反発力に変換して離反加速する。
  宇宙特急は、宇宙で一番速い乗り物。」

  互いに持ち寄り集めた知識によって、イメージがしっかりつかめるようになると、宇宙特急はもう、広い教室の中を、ぼくたちの頭上を、ヒューン、ヒューンと自由に疾走するのだった。



3  歴史


  地球人が開発した乗り物といえば、地球と宇宙ステーションを周回する宇宙船が、今のところ最高のものだ。宇宙船だから、スピードはそんなに速くない。見た目はけっこう大型なのだが、推進装置にとられてしまっていて、乗客定員は一二五〇人がせいいっぱいだ。おまけに船酔いする人も出る。
  スケール、スピード、スマートさ――どれをとっても、宇宙特急にはとてもかなわない。どだい、比べものにならないのだ。
 宇宙鉄道の開発については、地球はまったく出遅れてしまった。
  じっさい、宇宙特急が太陽系にやって来るまで、地球人は宇宙鉄道のことはおろか、他の銀河に、人類以上の知能を持つ生物が存在する事実すら、知らなかったのだ。
 人類が地球上に誕生し、同じ星の中で互いに無益な争いを繰り返していた数万年のあいだに、地球をはさむ宇宙のかなたとかなたでは、異なる銀河間を友好列車で結ぼうという壮大な共同計画が進んでいたのだった。
 銀河を超えた長期間の共同計画は、みごとに実を結び、広大な宇宙空間を、何本もの宇宙特急が、彗星のように、行き交うようになった。
 そのうちの一本が、初めて太陽系にやって来たときのことだ。
  スイスの天文台が、続いてヨーロッパ各地の天文台が、冥王星の近くから太陽系に突入した小さな新彗星を発見した。ところが、その進路を注意深く追ってみると、彗星の動きではなく、自由意思で飛行しているような航跡にしか見えない。
 世界中の天文台がキャッチした情報を緊急に分析したアメリカの航空宇宙局は、世界に向けて
「未確認飛行物体(UFO)の飛来」
と発表した。
 このときの人々の驚きは、相当のものだったらしい。
「宇宙人の襲撃か?」
と、ラジオ、テレビ、インターネット・ニュースは、速報を流し、
「地球に危機迫る!」
と、新聞の号外は書き立てた。
 好奇心よりも、恐怖心が先に立ったのだ。
  未知の訪問者というのは、人類の場合、先住民に対する侵略者であることが、あまりにも多かったから、人々は、宇宙からの訪問者に対しても、そういう見方しかできなかった。
 結局、地球人は、自分たちの基準で未知の訪問者を疑い、それゆえに、怖れ、敵意をいだいた。
「地球を守れ!」
という声が、たちまち
「宇宙人を追い払え!」
という行動に発展した。
  UFOが飛来して来る方向に向けて、世界の各地から強力な警告の電波が発信された。
「近寄るな!」
「攻撃するぞ!」
 各国の軍隊は、それぞれのやり方で、宇宙からの敵の急襲に備えた。どこに隠されていたのか、誰も知らなかった秘密の核ミサイルが、威圧的な姿を次々と現し、森といわず砂漠といわず、地上のいたるところに林立して、上空はるかをにらみつけた。海には、各国の軍艦と潜水艦が緊急配備され、これまた核ミサイルが空をにらんだ。
 地球は、本気で戦争の準備に入ったのである。
 核ミサイルで武装した地球は、宇宙から見れば、まるでトゲをいからせたウニのようだったことだろう。


 さいわい、核ミサイルは一発も発射されずにすんだ。
  UFOが消えてくれたからだ。
  北半球のすべての天文台が、かたずを飲んでその動きを追跡するまっただ中で、UFOは、突然スピードを上げ、姿を消した。
 食い入るように電波望遠鏡の画像を見つめていた観測員たちは、その瞬間、
「おやっ?」
と、目を疑い、もっとよく画像をのぞき込もうとするあまり、顔面をモニターに打ち付けて鼻血を出した者が、何人もいたということだ。
 今では笑い話だが、それほど意外な消え方だったのだ。
  いったいUFOに何が起こったのか――原因をつかめずに、北半球の天文台が混乱に陥ったのと同じ頃、ニュージーランドとオーストラリアの天文台が、冥王星の公転軌道上のちょうど正反対に当る位置付近から、突然、太陽系を離れ去っていく小さな物体を確認した。
 南半球からの情報に、北半球の関係者たちは、
「もしや、問題のUFOでは?」
と、誰もが疑い、
「まさか!」
と、誰もがすぐに否定した。距離の長さを考えれば、絶対にありえないことだった。
 太陽系の北の端と南の端で起こった二つのできごとに連続性があるのかないのか、科学者たちも、判断を下しかねた。
 あらゆる情報を分析して発表されたアメリカ航空宇宙局の注目の結論は、
「UFOは、もはや太陽系の中には存在しない。南から去った物体の航跡は、北から飛来した物体の延長線上に一致すると考えられるが、両物体の関係は不明である。」


 こうして、初の宇宙特急は、地球に科学上の大きな謎を残して、じつに鮮やかに太陽系を突き抜けていったのである。
 今からほんの四〇年前のできごとである。
 その後、F座305星の宇宙情報センターから、太陽系を含む詳細な宇宙地図、他の銀河に関する膨大な諸情報が、地球言語に翻訳されて送信されてきた。
 警戒して身構えた相手に、握手の手を差し出すような大人のやり方で、宇宙社会は地球を招きいれた。
 自分たちの星の水準をはるかに超える宇宙文化の豊かさに、地球の未発展性は、もう否定しようがなかった。
 宇宙特急の来訪事件をきっかけに、地球は、遅ればせながらも、宇宙社会に仲間入りをしたのである。
  宇宙は広い。今では何百本という数の宇宙特急が、色んな銀河間を行き交っているというのに、それらが太陽系の属するこの銀河にやって来ることは、めったにない。
 だから、二本の宇宙特急が、それも同じ日にあいついで地球にやって来るというのは、四〇年前の事件に負けず劣らず「大事件」なのだ。歓迎すべき大事件!



4 時空トンネル


 四月、新しい期待に胸ふくらませて、ぼくたちは上級学年に進級した。
 それまでまるで枯れ木みたいだった校庭の桜の枝に、ピンク色の生命が次々と誕生し、ぼくたちの心はいっそう華やいだ。
 そんな時だ。
 うれしい進級祝いが、宇宙鉄道センターから届いた。宇宙方位北行き特急列車ヨハンナル号が、すでに地球に向かってT座324星を出発したというニュースだ。
「いよいよ来るんだ。」
 ぼくたちは、桜の花びらの向こうに、七夕の夜空を見る思いだった。
 ヨハンナル号には、どんな人たちが乗っているのだろうか。「会ってみたいね。」
「どこへ停車するんだろう。日本だといいな。」
「でも、停まっても降りてはこないみたいだよ。目的地はD座202星で、地球は観光のための一時停車なんだ。」
「車窓見物ってやつ?」
「惜しいね。」
 惜しいけど、でもいい、地球へ来てくれるだけで。その姿をぼくたちの目の前に現してくれるだけでいいんだ。


 ぼくたちは、宇宙特急についての知識を追い続けた。知れば知るほど、ますます奥が深い宇宙鉄道の技術――。
 宇宙空間は、一見、何もない静穏な広がりのようだけど、実際には、ちりやいん石や流星群などが激しく飛び交う、危険いっぱいの世界なのだ。いや、浮遊物体だけじゃない。地球の何万倍もある巨大な星が、いきなり裂けて割れたり、あるいは前兆もなしにこっぱみじんに爆発したりすることもしょっちゅうだ。ブラックホールという落とし穴もある。
 にもかかわらず、宇宙特急が進路を正確に選んで、絶対安全に走行できるのは、じつは前方に起こるどんな小さな天体現象をも正確に予測して、軌道を瞬時に適切にプログラム設定するからだ。そして、その軌道に乗って、宇宙特急は、利用可能なすべての天体引力を自己の推進エネルギーに変換しながら、目的地まで巧みに宇宙空間を走り抜けるのである。
 だが、宇宙特急は、危険を避けていつも障害物のあいだを、くねくねと蛇みたいに通り抜けているだけではない。宇宙特急の本当のすごさは、むしろその直進技術にあるといっても言い過ぎではないだろう。
 というのは、宇宙特急は、その気になれば、前方にどんな種類の障害物があろうと、そのど真ん中を、まっすぐ突き抜けることができるからだ。もちろん障害物に向かって、車両がそのまま強引にぶち当たって行くというわけではない。宇宙特急は、危険領域の手前で、宇宙空間に穴をあけて、一気に危険領域の向こう側へ抜け出てしまうのである。
 宇宙空間にあけられる穴――それが「時空トンネル」だ。時空トンネルは、実在する宇宙空間である「時空」にあけられた「虚(きょ)空間」の通路なのだ。
「虚空間って?」
 それは、ぼくたちも初めて知る言葉だった。
「なんだか不思議な響きだね。」
「うん、詳しく調べてみなくっちゃ。」


 今をさかのぼること一〇〇数十億年の昔、何も存在しない、暗く深ーい無限の空間の中に、一粒の小さな原始の種が誕生した。宇宙の種だ。宇宙の種は、誕生した瞬間、無限の可能性を秘めて爆発し、自分の殻を押し広げるようにみるみるふくらみ始めた。内側にいくつもの星々を次々と誕生させながら、宇宙はエネルギッシュにふくらみ続け、そして今なお、ふくらみ続けている。
 今、宇宙があるところに、宇宙が生まれる前からあった、元の空間――そして、今なお宇宙の果ての外側にあって宇宙を包み込んでいる、深い無限の広がり――それが虚空間だ。
 実在する宇宙空間のすべてが、もともとは虚空間だった。だから、宇宙の内部空間に裂け目をつくり穴をあけると、もともとそこにあった虚空間の世界に出る。それが、時空トンネルなのだ。時空トンネルは、まさしく宇宙の内部にあけられた虚空間の通路なのである。
 時空トンネルの中は、何も存在しない虚空間の世界だ。だから、そこでは、宇宙特急の安全は、一〇〇パーセント保証される。
 しかも、それだけじゃない。信じられないことだが、虚空間の世界では、時間が宇宙の時間とは直角の方向に進むのだ。
 たとえば、宇宙特急が宇宙内にあるとき、時間は、12時00分00秒、12時00分01秒、12時00分02秒、12時00分03秒・・・という具合に、未来方向へ進んでいく。ところが、時空トンネルの中では、未来と直角の方向へ時間が進むのである。
 宇宙特急が、もし12時00分05秒に時空トンネルに入ったとすると、時間は12時00分05秒のまま、真横へ向かって経過していくのである。宇宙特急は、時空トンネルの中を直進し続ける。しかし、時間は真横方向に流れて、未来方向へは流れない。いつまでも12時00分05秒のままだ。そして、宇宙特急が時空トンネルを抜け出て、宇宙内へ戻ると同時に、時間は、12時00分06秒、12時00分07秒、12時00分08秒・・・と、再び未来方向へ進み始めるのである。
 要するに、時空トンネルの中では、未来方向の時間差は生じない。したがって、宇宙特急は、ゼロ秒で時空トンネルを通過することができるのである。いいかえれば、宇宙特急は、時空トンネルを通過するとき、瞬時にして宇宙空間を「不連続移動」することになるのだ。
「何てすごい芸当!」
 時空トンネルをくぐり抜ける早わざは、まさに宇宙特急だけの技術だ。
「だったらさあ、宇宙特急は、時空トンネルを通れば、出発地から目的地へパッと行けるってこと? 忍者みたいに。」
「ううん、そうはいかないんだ。」


 時空トンネルの中は、虚空間の世界だ。宇宙の天体引力を推進エネルギーに変換して走行する宇宙特急は、時空トンネルの中では、新たなエネルギーを得ることができない。宇宙特急は、時空トンネルに突入した後は、ただ超光速の慣性だけで直進し走り抜けるのである。
「だから、始めから終わりまで時空トンネルを利用することは、無理なんだ。」
 それはそうだ。そんなんだったら、もう鉄道じゃない。宇宙特急は、乗客をただ瞬間移送する機械じゃない。輝く星々の合間を超光速でぬって走る列車こそ、ぼくたちの宇宙特急なのだ。
 だから、消えないでほしい。四〇年前は――あの時は、迂回するにはあまりにもばかばかしいという理由から、宇宙特急は、地球を無視して、太陽系の中を、時空トンネルを使って通り過ぎた。――たしかに、地球が無知だったから仕方ないけど、今は違う。この美しい地球を、ゆっくり見てほしい。そして、ぼくたちにも、その雄姿をしっかり見せてほしいんだ。



5 歓迎準備


 夜空を見上げてもまだ見えるわけじゃないけど、もう一つの宇宙特急オルデーラ号も、すでにH座424星を出発し、地球へ向けて南下しているということだ。
 南から、そして北から――いよいよ現実味を帯びてきた宇宙特急の飛来。
 地球の鉄道ファンの関心は、にわかに、宇宙特急が地球上のどこへ停車するのかに集まってきた。
「日本だといいね。」
 ぼくたちは、毎日、祈るような気持ちで、日本へ来てくれることを願った。ヨーロッパの国々では、待ちきれずに招待カードを宇宙電報で送るファンも出てきたという。
 六月上旬、宇宙鉄道センターから、ついに待ちに待った情報が発表された。

「宇宙方位南行き特急オルデーラ号は、地球標準時の七月七日、一〇時二五分、中国吉林省長春市の上空に停車。
  宇宙方位北行き特急ヨハンナル号は、同七月七日、一〇時二七分、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市の上空に停車。」

 ウーン。日本ではなかった。地球へ来てくれるだけでいいんだけど、本当はやっぱり日本へ来てほしかった。ぼくの左右の耳に、長春市民とサンフランシスコ市民の大歓声が聞こえてならなかった。
 だが、信じられない吉報が、その後に続いた。オルデーラ号とヨハンナル号は、両市へ向かう途中、日本の八ヶ岳上空でクロスするというのだ。
「おお。」
 何という幸せ。ぼくは魂が天に昇る心地だった。
(ああ、このうれしさを宇宙特急に伝えよう。そう、今日がっかりした人たちのためにも。)
 ぼくは、その時、心からそう思った。
 そうだよ、宇宙特急は日本へ来るんじゃない。地球へ来るんだ。地球人として歓迎しよう。宇宙特急を見られない人たちの分も――そして、四〇年前の分もあわせて歓迎するんだ。ぼくの胸は熱く燃えた。


 長春では、さっそく、花いっぱい運動が始まった。もともと街角をカラフルな花で飾ることが好きな住民たちだ。市の全体を花という花で彩り、宇宙特急を迎えるのだという。現地時間では、オルデーラ号の到着は、午後六時二五分だ。日はまだ十分明るい。
「きっと美しいだろうね。」
 想像しただけで、花々のブレンドされた香りがぷうんと漂ってくる気分だ。
 サンフランシスコがヨハンナル号を迎えるのは、現地時間では、夏時間の午前三時二七分――まだ夜中だ。市民のアイディアは、ビルの照明をいっせいに灯し、夜景を存分に楽しんでもらおうという趣向らしい。レーザー光線を夜空に放って、華やかさを増す演出も考えているという。
「ずいぶん都会的だね。」
 今にも、陽気なジャズの音が聞こえてくるようだった。
 長春とサンフランシスコの歓迎準備を見ていると、形は対照的だけど、それぞれのセンスになるほどなと感心してしまう。なんだか、宇宙特急もちゃんとそれを知っていて、両市を選んだのではないかと思えてしまうのだ。
 負けてはいられない。日本は通過コースにすぎないけれど、両特急のクロス地点に八ヶ岳が選ばれたのは、偶然ではない気がする。
 八ヶ岳へ行こう。ぼくはそう決めた。友だちも誘おう。山頂に立って、両手をいっぱい振って、オルデーラ号とヨハンナル号を歓迎するんだ。
 当日は、父さんのスペースカーで八ヶ岳の南八合目駐車場まで飛行する。あとは、そこからがんばって歩いて、八つの頂の中の最高峰に陣を取る。
 プランは決まった。
 ようし、行動開始だ。手始めは、父さんにスペースカーを出してくれるよう頼み込むことだが、そうむずかしいことではない。父さんだって、きっとぼくといっしょに宇宙特急を歓迎したいに決まっている。
 そうだよね、父さん!



6 八ヶ岳山頂


「ヤッホー」
と、誰かが後方で叫ぶ。
「ヤッホー」
と、こだまの代わりに、ぼくたちが返事する。
 八ヶ岳の長い尾根道は、朝早くから行列で混雑した。それでも、前夜からやってきたぼくたちのグループは、うまい具合に、最高峰の赤岳の頂上にたどり着くことができた。
  途中、ハアハア息が切れたけれど、汗をかいた分だけ風が気持ちいい。
 ぼくたちはみんなで固まって陣を取り、岩と褐色の地肌にハイマツみたいにへばりつくことにした。
 何て空が大きいんだ。それに――立ち上がると、まるで自分が、空へ向かって突き出ている感じだ。深く青い周りの空。山のてっぺんは、もしかしたら、もう本当に宇宙空間の一部なのかもしれない。
 ぼくの頭の中に、今まさに光よりも速くまっしぐらに地球めざして接近してくる二つの宇宙特急の姿が、くっきり見えた。
「少し眠って夕べの疲れをとりなさい。」
 父さんの勧めで、ぼくたちは何度か目をつむってうとうとしてみたけれど、興奮して本当には眠れない。
 正午のラジオ・ニュースが、長春の様子を伝えてきた。中国国内ばかりでなく五大陸から集められた種々の花々が、市の中心はもちろん、郊外にも咲きそろって、人々は、あまりの美しさに「花酔い」しているということだ。オルデーラ号が上空に停車したときには、メインストリートの解放大路を埋め尽くした人々が、「熱烈歓迎」の巨大な人文字を作ることになっているという。
 一方、サンフランシスコはまだ前日の夏時間の午後八時だけれど、街中にはバンド音楽があふれ、人々は陽気に歌い踊りながら、ヨハンナル号の到着を待っているという。市全体を見下ろすツインピークスの丘には世界中の国旗がはためき、夜通しライトアップされるということだ。
 ぼくたちのいる赤岳の山頂も、座る場所をお互いにせいいっぱい詰め合って、身動きがとれなくなってきた。ラジオ・ニュースが、ちょうど日本の様子を世界に伝えている。灯台もと暗しというのか、ぼくたちは、すそ野の様子をラジオ・ニュースで詳しく知った。
 八ヶ岳は、まるで初冬の山が雪化粧するときのように、山頂から次第に人で覆われていき、今はもう緩斜面と平坦な部分は、すそ野まで人々で埋まっているということだった。
 ほんの半日、早め目に来たおかげで、ぼくたちは運良く赤岳の頂上に立てた。宇宙特急が来たら、その分、ぼくは真っ先に両手を振ろう。続いて八ヶ岳に集まった人々が、みんな心を一つにして、いっぱい手を振る。八ヶ岳の八つの峰々は、きっと波打って揺れるだろう。長春やサンフランシスコのような華やかさはないけれど、ぼくたちは、歓迎の心を両手で体いっぱいに表すつもりだ。
 たえきれない遅さで、午後の時間が一秒一秒、過ぎていく。
 ひたすら待つぼくたち。この間にも宇宙特急は、超光速でグングン近づいているはずだ。
 夕暮れが迫ってきた。沈みかけた太陽が、西の空を焦がして、オレンジ色に燃えている。夕焼け――今日一日、太陽は惜しみなくその光を地球に与えてくれたのだ。何て偉大な太陽! 宇宙特急を迎えに来たことを思わず忘れて、時間がゆっくり流れるシーンの中にうっとりと身を置いてしまうひとときだった。


 どよめきが起こった。オルデーラ号が、宇宙方位北から、ぼくたちの銀河に突入し、減速運転に入ったという新しいニュースだ。喜びの拍手が山全体にこだました。待ちに待ったときが、目前に来た。
 あんなに濃かった頭上の青みが、あんなに鮮やかだった西の赤みが、次第に透明に変わり、夜空が――墨色の宇宙が――見えてきた。全員が耳を澄まして、ラジオ情報に聞き入る。
「ヨハンナル号が、宇宙方位南から、われらが銀河に突入。」
 胸がすごくドキドキしてきた。
「オルデーラ号が、太陽系に到達。冥王星軌道通過、・・・海王星軌道通過、・・・天王星軌道通過、・・・」
 誰もが息を殺して、天空をじっと見つめる。
「土星軌道、・・木星、・・火星、・・」
「さあ、来るぞ。」
と、父さんが叫んだ。
 見上げる天空のかなたから、美しい真珠色の光がまっすぐ向かってくる。
「おおー。」
 驚きとともに起こる大歓声。
「ようこそ! ウェルカム!」
 ぼくたちは、夢中で手を振った。
 オルデーラ号は、まるで光の矢のように、真一文字に東方の山地めがけて降下してきた。怖いほどのスピードだ。もしや地表に激突するのでは、という不安がよぎった。あたりに緊張が走り、山全体が一瞬静まり返った。
 が、次の瞬間、オルデーラ号は、先頭から折れるように水平に向きを変えると、早くもぼくたちの頭上に達していたのだ。
「うわあー。」
 ぼくたちは歓喜の叫びを上げ、上空を猛スピードで流れる美しい真珠色の光の矢に、夢中で声援と手振りをおくった。
 その時だ。西へ通過し続けるオルデーラ号の直下を、いきなりダイアモンドのように輝く光の矢が横切った。
「うわあー。」
と、またもや起こる大歓声。
 ヨハンナル号だ。ヨハンナル号が、オルデーラ号の下をくぐって北上しているのだ。
「ようこそ! ウェルカム!」
 ぼくたちは、声を枯らして叫んだ。両手を振って、振って、振り続けた。
 八ヶ岳上空を、二本の美しい光の矢が、クロスして西と北へ流れ去った。


「すごかったね。」
 元の暗い山頂で、ぼくたちは友だちと顔を見合わせながら、口々に言い合った。
 ほんの十秒にも満たない、宇宙特急との短い出会いだった。でも、それは、一〇〇億光年もの遠い世界との、たしかな出会いだったのだ。ウェルカム宇宙特急、ようこそ地球へ。
 ラジオからは、上空での一時停車を終え早くも発車した宇宙特急を見送る、長春とサンフランシスコの大観衆の声が聞こえてきた。
「再見、オルデーラ。」
「シー・ユー・アゲイン、ヨハンナル。」


                                     (1998年1月11日)


 (注) 冥王星は「惑星」ではなくなりましたが、この物語では、発表当時の科学知識のままにしてあります。

 Copyright: Isshou Tsukino
 (
禁 無断転載)


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